船窪地区の開拓、その2

昨年のブログでお知らせした、震災以来息を吹き返した、ひたちなか市船窪地区の開拓
かつて谷地であった窪地は埋め立てられ、水戸方面へのベッドタウンとして栄えつつある那珂湊西側の神敷台と、人口減少に歯止めの効かない湊の中心部を撃ち抜くバイパス道路整備が粛々と進む。
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那珂湊全体の歴史から見れば、あっという間の「町興し」である。

言葉を変えれば、なんとももったいない税金の使い方。「開拓」というのは金さえあれば簡単に進められる土木工事で、その変化は人々の耳目を集め、なんとなく気分も上向きになるバブリーな対策だ。この道はさかな市場への観光客による渋滞を緩和し、周辺に整備されつつある宅地には、(多分)若いサラリーマン世帯が住み付いてくれるに違いない、という右肩上がりの「投資効果抜群の」施策(に違いない)。ついでながら大規模地震の際に押し寄せる津波から、港湾部周辺住民を神敷台方面へ逃す逃げ道なのだから、最善策となるわけだ。

では、はたして現在湊地区に住む住民は、この道をすたこら逃げていける脚力はあるのか??
さかな市場(と中心的森田水産)は栄えるが、湊の旧市街区は、すでに歯抜けにしか人は住んでないので、新たな宅地に関心はない。神敷台住民に奉仕する(ちょっと品のいい)「セイブ」の顧客が増え、庶民的「ヨーク」やかつての栄光に浸かってるように見える「カスミ」の顧客が減ってしまう。

で、何が残り生まれるのか?かつての湊旧市街に若い血を注ごうと、インフラ的頑張りを見せる「海浜鉄道」の地域に根ざした営業のことなら、よく知ってる。船窪開拓においても、住民参加が期待されてるのだろうか?道ができて、車とともに県外者が訪れ、特定企業にお金を落としたところで、何も変わらないのじゃないのか?
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期待を寄せた那珂湊支所改築の際にも感じたこと。土木の投資は明快な未来像のない限り「金蒔き行政」の悲劇になってしまう。

働く母親からの強い要請が実を結んだ「ファミコラボ」の場合、既存施設の転用で土木投資はミニマムだが、完
成後半年の人気を見れば、その運用・運営を担っている市職員+市民の力が冴え渡っている。はたして「船窪開拓」は、どこまでtake careされているのか?空き家だらけになった湊地区旧市街の込み入った整理に手を加えず、そのすぐ隣に新たな宅地用地を建設しているというアホらしさ。そんなバカげたことに税金を捨てないでほしいものだ。

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